八街の限りなくブラックに近いグレー、Ⅰマサ子

ドンドンッドンドンッ!

「Iさーん」

ドンドンッドンドンッ!

「Iさーん」

僕と金坂さんは八街にある崩れそうな集合住宅に来ていた。集合住宅というとまだ聞こえがよいが、それは掘っ立て小屋のような建物が交通の不便な立地に軒を並べる日本版スラムだ。

ガチャッ

「はい、どちらさまですか?」

木製のドアにステンレスのドアノブがくるりと回転し、白髪混じりの髪を束ねた中年女性が出てきた。

僕「信用ローンですが、Iさんのお宅ですか?」

中年女性「そうですけど」

大抵どの債務者もこのファーストコンタクトで表情の変化を感じとることができるのだが、このⅠは違った。顔色なにひとつ変えず、まるで忘れ物を自宅に取りに帰った時の母親が発するような、あら、どうしたの?的な自然な振る舞いだった。

金坂さん「いやいや、そうですけど じゃないでしょ。あなたは息子(カズヤ)さんの連帯保証人になっているんですから!支払い遅れているのわかってるでしょ!電話は繋がらないし、手紙何度出しても返答ないからこうやって家まで来てるんですよ!」

このⅠマサ子は連帯保証人だった。債務者である息子は刑務所に入っていて、本人へ債務を請求することはできなかった。ただ疑わしいのは、息子本人はうちの会社からお金を借りる前から刑務所に入っていたのではないかということだった。ということは…マサ子が息子になりすましお金を借りていたということ..

ドンッ、ドンッ、ドンッ!

「ちょっとお!話の途中でドア閉めないでくださいよー、Ⅰさん!」

ドンッ、ドンッ、ドン

ガチャ

マサ子「なんですか。カズヤ(息子)はいませんので」

金坂さん「わかってますよ、そんなことは!あなたは連帯保証人なんですよ、Ⅰさん」

「あなたが払う義務があるわけだし、あなたがほんとうは使ったんでしょ!?」

マサ子の表情は変わらない。

マサ子「どうしてあなたはそんなことが言えるんですか。借りたのはカズヤ(息子)でしょ。私が保証人になっているのはわかりますが、みてのとおり今は体調を崩し生活保護の暮らしです。仕事はしていません。自分の生活で精一杯ですので」

金坂さん「でしたら支払いの一部でもしてくれないですか。息子さんが借りたにしろあなたは連帯保証人なんですから。何度でも言いますよ!あなたは連帯保証人なんですから!

 

...金坂さんはいつもこんなやり取りを繰り返して、毎月支払額の20分の1にも満たない1,000円をマサ子からやっとこさ回収するのだった。 初めてⅠさんの取り立てに同行した僕は終始表情変えず淡々と対応するこのⅠマサ子という人物がとてもしたたかで、こずるい女に見えてならなかった。

 

金、金、金と金追いかけたら頭も禿げてきた~♪と、長渕剛のRUNをBGMにⅠさんの家からの帰路、車窓から見える曇り空に中途半端に建物がポツンとある風景を僕は寂しい気持ちで見つめていた。その時は寂しい理由はわからなかったが、今思い返すと将来に対する漠然な不安だったのかもしれない。 日々取り立てで会う債務者の生き様とその曇り空がとてもマッチングしていた。

Ⅰさんはその後電話がつながらず、督促状と電報を何十通送っても音沙汰無しだった。他の延滞者同様、連絡が全く取れないことは悲しい気持ちにはならないが、電報のの戻り連絡がNTTから入ると、Iさんの家に行った時に見た川沿いの土手の上に広がる曇り空の光景が頭に蘇って、どんよりと重く沈んだ気持ちになった。

Ⅰさんの電話がたまにつながると、

「ミシシッピーですけど、カズヤ君いる!?」※志村けん風の高音域口調で

Ⅰさんへの金坂さんの督促電話は継続して毎日続いた。取り立ては諦めたら終わりだ。し、負けだ。これはなんの仕事でも共通していることだと思う、地道にコツコツ、一攫千金なんていいうのはあまりないものだ。

そして、現実の取り立てはドラマチックなことも起こらない。金の無いⅠさんは電話が繋がったり、繋がらなくなったり、、繋がらなくなればまた家まで行って催促したりの繰り返しだ。何か途中で強烈なキャラクターである第三者が登場してくることもないし、ハプニング的なこともない。Ⅰさんへの督促も地味につまらなく継続した。

 

      2023/07/10

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